女装少年と男の欲と

[ジェンダー][評論]男性性からの逃避願望――女装少年ブームについて
http://d.hatena.ne.jp/arctan/20070107/1168151261

男性性からの逃避なのでしょうか? 男女であるよりも、女性同士の方が親密になりやすそうに感じられます*1。女性の格好をして女性と仲良くなりたいって気持ちから発しているものじゃないのかと思います。男としての願望を実現するために女を装うことを考える。そして、可愛いキャラクターが好まれるのは、あまりに男だってことがバレバレの、例えばジョナサン(『ジョジョの奇妙な冒険』第2部)の女装や、あのケンシロウに突っ込み入れられた女装下っ端(『北斗の拳』。「おまえみたいなババアがいるか」だったっけ?)みたいなのじゃ、その願望はみたせそうにありません。となると、かわいらしい女性っぽいのがいい。ぶっちゃけて書くと、女風呂に女装して入っていけばお姉ちゃんたちの裸を拝めるって考えて実行してお縄になる人たちと同じ心理だと考えます*2。表面的な現れ方が違うだけで。
そういう風に考えているので、よく女装した男性(そして男であることは隠している)が女性と仲良くなって、その後、実は男でした〜みたいなお話(色々ありますね)は、結構、卑怯な話だよなあと思うことがあるわけです。読むこっちとしては、女装する理由がある程度納得できるものだと(現実にはあり得ない理由でも、勢いで押し切ってくれたらオッケーです)、卑怯なやつだなこいつって思わないですみますが(結果的には同じとはいえ)。最近、読んだものだと『ニコイチ』はかなりうまくって、漫画版『舞-乙HiME』は無理矢理感が漂ってました。まあ、ぎりぎりありかなと。
あと、女装少年が男とくっつくような話だと、「女は男の欲はわかってくれない、同じ男なら……」とか。そんな気持ちがあるのではないかと。人間という動物にとって視覚は非常に重要で、ナリがかわいければ性別を越境できる人は結構いそうです。現実なら、触れあえるぐらい親密になったら、だめになる人は多そうですが(ほそっこい男でも女に比べると体がごついしね)、絵の中の少年は触れませんから、触覚でくじけることはありません。それに女装少年の体型って、たいがい女性っぽく描かれているように思います(ちんこがついてて胸がないだけの女に見えるの多いです)。視覚の点でいくらでもごまかされます。漫画版『舞-乙HiME』、たいがいきちんと男性体型で描かれていたマシロくんですら、コーラルの制服着てパンツ見せたとき(SuperH)は女性体型で描かれていました。マシロくんフィギュア(チャンピオンREDのおまけ)もとても男とは思えない体型です。まあ、男の体型でパンツ絵を描かれたり、女装フィギュアを作られてもあまり嬉しくないので、あれはあれでありです。(笑)とまれ、こういう観点でも男性性の実現のためだよなと思います。
男性性からの逃避っていうので女装少年が好まれるなら、そのキャラクターたちが、男としての欲を実現したり、男の欲の対象*3になったりせんのじゃあないのって思います。現実ではできない、己の男性性の実現を虚構のなかで果たしたい。現実逃避だけれども、男性性からの逃避じゃない、と。そんなふうに考えます。まあ、色々荒い考えですけれども。

*1:本当に仲良くなれるか、その考えが妥当かはここでは考える必要はありません。仲良くなれる「かも」という期待感が重要です。

*2:ネットの女性専用コミュニティに女性を装って入っていって問題になる人もたまにいるそうですね。

*3:引用されている更科修一郎さんの「団塊ジュニア以降の世代のオタクな男の子は、性的な加害者であることを忌避するあまり、自分の身体性からも逃れ、イノセントな存在として自らを定義したいという欲望を抱いていているのだが、その一部はイノセントな存在であろうとするあまり、被害者であることを選び、ショタややおいなどのジェンダー的なポルノへと向かっていった。」という話は、この辺の考えとぶつかるかなと思いますが、本気で性的な加害者であることを忌避してイノセントになりたいなら、妄想の中でも女性と助平することを忌避するんじゃないの?とか思います。