大塚英志「憲法力」

憲法についてきちんと考えてみましょうという提言は実に素晴らしく、色々と考えさせられるものがあり、大塚英志さんが書いているように日本国憲法原文(英文)を読んでもみました。
ただし、著書に満ちあふれる偽善臭というか、妄想臭というか、そういうものはかなりきついです。たとえば、わが国憲法第九条のもとは国連憲章とフィリピン憲法にあるといったことを書いていますが、これって笑うところですか? 国連憲章の理念を汚すものとしてアメリカの一国主義なんかを持ち出したりしますが、ロシアは何やってる? 中国は? 他の国は? 山本夏彦さんは「(人は)衣食足りて偽善を欲する」と言いましたが、国連憲章なんてその最たるものです。理念ではなく偽善の精華です。また、フィリピン憲法にしてもフィリピンは中国の覇権主義とぶつかってスプラトリー諸島南沙諸島)の中国の軍事基地爆破なんてネタもあります。イラクに派兵もしていました。フィリピンの戦争放棄など、ただの建前です。ただ、偽善やらたてまえは、生活の上でいくらかは必要なものだとも思いますから、国連憲章にしてもフィリピン憲法にしても、あれはあれで別に良いと思います。彼らには彼らの事情があるのでしょうし、偽善もまた生きるための道具として必要なのが、ぼくら人間のやっかいな性質でもあります。ですが、その偽善をマジに持ち出して、理念があるなどと読者をだまそうとするのはたいがにしてくれと思います。
また、第九条をねじまげることで貶めたことばの力を取り戻そうってな話を書いていますが、ことばを貶めたのは保守派ばかりではなくて、社会主義礼賛の発言を繰り返し、その裏側にあった悲惨な事実を美辞麗句で覆い隠してきた革新の人たちにもその責があるわけですが、その手の言及はほとんどありません。
そして、非武装中立に関して触れてもいますが……。過去に学べと著書のなかで繰り返しながら、非武装ではなくとも過去に中立をうたった国がどういう目にあったかは見えないようです。
この手の持論展開の都合のためにものごとを自分の側にねじ曲げたり、都合の悪いことを忘れているんじゃないかと思える部分が多々あります。自分で「ことば」を貶めているとしか思えません。
こういった臭い部分がなければ良い本なので、かなり残念です。