欲の形

欲しい物は多かれど、全てを買う財力は無し。つねに「酸っぱいブドウ」理論を駆使して生きております。

http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20060104/p1

清貧などと言ってものを持たずに生活することをもてはやすような風潮が以前あったが(今でも田舎暮らしなどをおしゃれにもてはやすような人たちはいる)、自ら選んでする「余計なものを持たない」生活と、そもそも「持てない」生活や「持ちたいのに諦めざるを得ない」生活はぜんぜん違う。そういう欲を捨てればいいのだと、そういう欲を持たずに「持たない生活」を楽しんでいる人たちは言うが、そんなことを簡単に言うな。

「持たない生活」をしている人というのは、持ちたくて仕方がない人と欲の形が違う(=価値観が違う)だけのことで、物を得て生きるよりも物を得ずに暮らすのが自分の安寧や精神の充足につながるに過ぎない。そんな風に考えていますから、どちらも欲はあるのに、欲の形が「正義」に見える(清貧は正しいことのように思っている人が多いように感じます。)人が、欲の形が「正義」に見えない人に欲を捨てろといっているわけで、その手の発言を見ると、どうにもいらだたしいものがあります。
逆の「欲しくない」という人に「欲しがれよ」というのも大きなお世話だとは思いますが。