永井荷風は世に満ちて

[華氏451度:「愛国」に背を向ける生き方]
永井荷風に対して、

だが、「こういう人間が多ければ、国全体がむやみに熱くなって妙な方向に突っ走ったりせずにすむのではないか」とは思う。

と書いてらっしゃるわけですが……。以下は山本夏彦さんによる永井荷風の紹介です。

荷風はウソつきでケチで助平でつめたくて、自分のことを棚にあげ舌鋒するどく他人を難じるときは常に自分でも信じていない儒教を借りてつめよった。
昭和二年改造社は一冊一円の「現代日本文学全集」の大広告をした。いわゆる円本である。当然「荷風集」ははいっている。無断でなぜいれた。自分は許してない、本は大量生産して大量販売していいものではないと延々三回にわたって新聞紙上で改造社のやり口を非難して、荷風集は出させないと大見得を切った。
ところが全集は大成功で三十なん万部も出た。印税一割とすれば三万なん千円の収入になる。当時の三万円はその利子だけで一生くらせる大金だから、今のなん億円に当たるか分からない。荷風は手のうら返して改造社の円本に参加して、その金でカフエライオン、カフエタイガーなどの客になって連日女あさりをした。
一日銀座街頭で辻潤に袖をとらえられ、今後はきれいな口をきくなと言われたという。辻潤は今は忘れられたがあり余る才能を発揮できぬままに死んだ文士である。辻まことの父である。全集八巻がある。

山本夏彦, 『美しければすべてよし』。
山本夏彦さんは「荷風は彼が好んで用いた儒教のモラルからすれば低劣という他はないが、荷風の文章は「美」である、少々のウソやケチなぞ美しければすべて許されるのだ」(大意)といった永井荷風への熱いファンコールで文章をしめています。また、辻潤永井荷風に文句を言ったという話にとどまらず、辻潤の全集にまで言い及んでいるのは、辻潤の息子辻まこと山本夏彦さんの友人の一人だからなのかもしれません。)

永井荷風に関して、僕はあまり知りませんが、ちょこちょこ目にする荷風の人物評から考えると、人間的にはあまり好ましくない性根の人だったのは間違いないように思います。永井荷風は自分に得がないことに文句付けていただけで、なにか得なことがあれば、ころっと態度を変えたのじゃないかと思います。僕らは、何かおかしなこと、間違ったことが行われていても、自分に得があれば、もしくは逆らうことで自分に損があるようであれば、口をつぐむ性根を持っています。才能や能力では永井荷風に及ばずとも、性根の部分は彼と変わりません。永井荷風みたいな人が多ければ――なんて思う必要はなくて、世間には「性根だけは永井荷風」が満ち満ちています*1

*1:まあ、実際には能力をのぞけば永井荷風は凡百の我らと変わらないという、ただ、それだけの話だと思います。