言葉の一人歩き

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉があります。この言葉に関して、次のような文章を読みました。

[テッサ先生の補習授業その3]

学問のすすめってのは、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」っていうあれでしょ?
ホントにあんなタカ派なことを言ってたのかしら・・・」

「そんなことを言っていると、あの本を読んだことがないことがばれますよ。
天は人の上に人造らず人の下に人を造らず」という序章で勘違いする人がいますが、『学問のすすめ』は人類平等を説いた本ではなく、祖国防衛を説いた本なのです。
文末の「言えり」というのは現代語で「言われている」と訳します。
つまり「人間は平等だ」ではなく、「人間は平等だ、と言われている」と訳すのが正しいのです。
誰が言ったかというと、これは第3代米国大統領トーマス・ジェファーソンの言葉です。
ウソ八百なのは誰の目にも明らかですけどね。
当然、福沢諭吉もこれには反論しています。
『人間は生まれながらにして平等と言われている。
しかし、実際はどうだろうか?
周りを見てみればそんなことはない。
富めるものと貧しいもの。
位の高いものと位の低いもの。
支配する国と支配される国があるではないか。
人間は平等という言葉は素晴らしいが、所詮それは理想論である。
たしかに生まれたばかりの赤ん坊のときには平等である。
しかし生まれたときは平等な人間が、なぜ成長するとこうも差が出るのか?』
と言った感じになるわけです。

「えっ、そうなの?」とか思って、他に色々と調べました。

検索して見つけた次のページでは、
[gakumon.html]

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
これは福澤先生の言葉ではありません。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといえり、されば・・・・
学問のすすめ』初編の書き出しの言葉を、よくお読み下さい。
<といえり、>とは<と言われている、>という意味です。
人間の平等を唱えたというこの言葉は、アメリカ合衆国の独立宣言の中のものです。
福澤先生が天と訳した言葉は<Under the God>です。
されば・・・・から続く文章には、
学ぶと学ばない差によって、賢人と愚人の別の出来ることから説いておられます。
だからこそ、『学問のすすめ』なのです。

とあり、また、『学問のすゝめ』の初編全文が掲載されていました。読んでみると「[テッサ先生の補習授業その3]」に書いてあるのは、祖国防衛とかはそりゃちょっとこじつけじゃないの?という部分もありますが、だいたいあっているように感じます。とまれ、「人皆平等なんて言うけれども、そうは見えない。その差を作るのはなんだ。学問だ。一所懸命勉強するのだ。」ということを福沢諭吉は言葉を尽くして語っています。学問の重要性を人に訴えるためのプレゼンテーションです。『学問のすゝめ』は学問をすれば問題は万事解決みたいな本で、よく読むと「いや、それは言い過ぎでは……」とか、「そんなこと本当に信じてますか、福沢先生?」みたいなところが多々あります*1。けれども、プレゼンテーションですから、それでいいのです。そして、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」はプレゼン対象の興味を引きつけるための掴みの言葉です。よう、あんなうまい掴みを……と思わされます。僕に褒められても、あんま嬉しくないかもなんて思ったりしますが、山本夏彦翁はもの書く人間は褒め言葉に餓えている(ご自身を含めて)といったことを書いていましたし、褒められたら悪い気はしないでしょう。ってことで、さすが福沢諭吉先生と、拍手させていただきます。ただ、その言葉は、以降の話を無視して、いま、一人歩きしています。アメリカ合衆国の独立宣言の中にある、理想を掲げた*2言葉としての「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」を引用するのはいいかなと思いますが、福沢諭吉の名前とともに安易に「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」を引用するのは、福沢諭吉の意図するところじゃないように思います。まあ、美しい誤解なんですが、それだけで終わってしまうと、福沢諭吉としてはプレゼンテーション失敗です。一人歩きするぐらい心に残る言葉、しかも声に出しても結構良い感じ、掴みとして成功だったと思いつつも、もっと先が重要なんだよ、そっち読んでくれよって思うのじゃ無かろうかと思います。

なお、慶應義塾大学に『学問のすゝめ』の全テキストがあります。([gakumon no susume])。まだ全部読んでませんが、今読んでも面白いですね、これ*3。文語調で出てくる言葉に見慣れないものもあって、教養の無い僕には、ちょっとばかり意味が取りにくいところもありますが、モノホンの古文じゃありませんから、なんとか読めます。ネットで簡単にこういうのが読める……。良い時代です。

関連URL

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」の元ネタになったアメリカ独立宣言、その該当部の対訳データ。
http://www.bauddha.net/independence/sanseido.html
Project Gutenbergにある"The Declaration of Independence of The United States of America"。
[The Declaration of Independence of The United States of America by United States - Project Gutenberg]
プロジェクト杉田玄白の訳文。
[独立宣言]

*1:例えば「今日にいたりては最早全日本国内にかかる浅ましき制度風俗は絶えてなき筈なれば」のあたり。あれだけ頭のいい人が、本気で信じているとは思われませんが、プレゼンでなら言って当然の言葉です。

*2:一応。

*3:全部読んだらまた思うことが変わるかもしれないので、本文修正したり、何か書き加えたりするかも。