価値を認めないというなら

[(10)「童貞連合」会員260人 : 男ごころ 「らしさ」を超えて : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)]
[男ごころ 「らしさ」を超えて : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)]の一つ。)
「全国童貞連合」の会長さんの言葉は、なんというか共感を覚えます。強く。

ただ、次の人は……。

 一方で、「恋愛をしなくていい」と開き直る人もいる。

 東京・八王子の男性(29)もその一人。「恋愛も、竹馬や逆上がりと同じ。できたら楽しいかもしれないけど、できなくたって何も困らない」と話す。現在は、ネットでの株取引で生活をしている。ルックスに自信がないからか、女性に交際を申し込んだことは一度もない。

 女性と交際するため、服などに投資しても見返りは期待できない。割に合わない投資はしたくないと考えている。

 「いまの社会は恋愛資本主義。恋愛が、モノを売るための大きな要因になっている。だから、恋愛ができないとダメな男というような風潮を社会がつくっている。でも、ぼくはだまされませんよ」

僕は「女性と交際するため、服などに投資しても見返りは期待できない。割に合わない投資はしたくないと考えている。」という考え自体は別にどうとも思いません。何を大事に思うか、何に金を使うかなんて人の勝手です。ただ、女性と付き合うための投資に価値を認めない(見返り云々とさかしいことを言っている時点で本気度は低い)、つまりは女性との付き合いに価値を認めないと言うなら、気色のわるい言い訳はやめたら?とか思います。「恋愛ができないとダメな男というような風潮を社会がつくっている」なんていうのは、かなり馬鹿馬鹿しい。価値あるものを手に入れる能力をもったものは、もっていないものをバカにしたりします。それはうちら人間の嫌な性根で、社会のありようがどんなに変わろうとも変わることはないでしょう。人間という動物が変わらない限り。女性を手に入れられない(書き方が悪いですが、ご容赦を……)男がダメ認定されるのは、うちらの遠い遠いご先祖様の時代からそうでしょうよ。また上の人は29で独身なのでしょうが、29で独身というのは、なんぼか前の時代なら、性的不能者か、同性愛者扱いされていたんじゃありませんか? うちらのじいちゃんばあちゃんの若い頃だったら、かなりのプレッシャーの元で暮らすことになったのじゃありませんかね。今とて恋愛できないとダメ認定される可能性が高いわけですが、そのダメ認定はとても昔あったであろうものほど強烈なものとは思えません。社会は僕らのようなのが、ちっとは生きやすくなってると思います。例えば、僕なんかは30越えて独身、しかも田舎で、ですが、結構ほげーっと生きてます。結婚せえとか、ええ人はおらんのか?とかたまに言われますが、はははと笑ってスルーできるぐらいのものです。昔だったら、しかし、プレッシャーはどれほどだったでしょうね。そういうことをわずかも考えずに何を言っているのだか。それに「でも、ぼくはだまされませんよ」なんていうのは、「騙されない賢い僕/私」と自分を一段高くおき、楽しく恋愛やっている人たち(「騙されている」と己が考える人たち)を貶めて自分の心を慰めているのに過ぎません。
女性との付き合いのために投資したくないというなら、女性とつきあえないのは当然で*1、それは仕方がないと我慢しなさいよ。

*1:自分との付き合いに労を割かない人と誰がつきあいたいものですか。男女間だけの話じゃなくて人付き合いの基本でしょ。(えらそうなことを言っている自分が、それをできているかどうかは……。あまり考えないようにしよう。)