ジェンダー論者の科学濫用

http://d.hatena.ne.jp/naozane/20060521#p1
のコメント欄の

# Leiermann 『こんにちは。
申し訳ないのですが、イリガライってのは、余りにもいい加減な理解と論法に基づいて科学批判をしていた(A.ソーカル「知の欺瞞」参照)ことには注意をする必要があるかと思います(といいますか、個人的には拒否感が極めて強いです)。
なお、幾分話は逸れますが、以下を比較されると面白いかとも思います。
http://nosumi.exblog.jp/2396506
http://homepage2.nifty.com/mtforum/tsutamori.html
さらに、この件に関しては「大航海」No.57 (2005) の赤川学氏の文章も面白いです。』

にて紹介されている
[蔦森樹「ジェンダーは世界最大の暴力装置である」]http://homepage2.nifty.com/mtforum/tsutamori.html
[大隅典子の仙台通信 : 「ジェンダー」は必要か?]http://nosumi.exblog.jp/2396506
は面白いものでした。

[蔦森樹「ジェンダーは世界最大の暴力装置である」]にはかなりひどい科学濫用があります。あまりにもひどくて有害です。読んでいて頭痛がしてきます。

さらに、性器を「オス化」へと個人差を向かわせる引き金がY染色体だとされていましたが、これもSRYという酵素の有無であり、性染色体の問題ではないこともわかっています。

ひどい。
まずSRYは酵素じゃありませんし、Y染色体上のSRY遺伝子が性決定に重要な役割を果たすということがわかったことは、より詳細なことがわかったというだけのことです。XYでも男性的な特徴を持たなかったり、XXでも男性的な特徴をもったりすることがあるそうですが、SRY遺伝子がY染色体から失われたり、X染色体にくっついてしまったりすることで、そういった事が起こることがあり得るのだとか。これは染色体だけを考えると説明が付けられません。SRY遺伝子のことがわかったことで、性染色体だけでは説明が付けられなかったことに、説明が付けられるようになったわけですが、性染色体の問題ではないという結論が得られたことにはなりません。そして、基本的にY染色体がSRY遺伝子をもつことが変わったわけでもないでしょう。自然科学の無茶な援用ここに極まれりって感じです。

また、用いられているレトリックも有害です。たとえば「もういちど抑えておきますが、実際に現在のところ、月経、妊娠、授乳、妊娠させる『能力』の4つの生殖機能だけが医学的に断言できる明確な雄雌の違いであり、その能力が使われない場合には雄雌の違いとなりません。」なんてあるのですが、これなんか読む人間(聴く人間)を煙にまいて(混乱させて)説得しようというもので、ある意味レトリックの正しい使い方なんでしょうが、どうしようもありません。僕は女性を妊娠させたことがないわけですが、男じゃないとでも言うのでしょうか? 一生童貞や処女だったら、男や女じゃないとでも? また、たとえば無精子症の人は女性を妊娠させる能力がないわけですが、女性に性欲を抱き、性行為をよくしているとしても、女性を妊娠させることはできないから、男じゃないとでも? 物事を単純に考えるな(性別を二つだけと単純に考えるな)と言う人が、判断基準を手前勝手に単純化して、それでいて物事は単純じゃないといっているわけで、本当にばかばかしい話です。さらに、蔦森樹さんは、次のようなことも言っています。

記者会見に臨んだセレラー社の副社長は「遺伝子が個人の特徴や性格を決定するとの見方は間違い。個人差を作り出す大きな要因は社会環境かもしれないということが分かった」と指摘しています。

元々の情報に当たっていませんから、セレラー社の副社長が上のような発言を本当に言ったかどうかは知らないんですが、どうもアメリカの進化心理学社会生物学といった分野の学者さんが書いた一般書を読むと遺伝子がらみの話は、ヘタなことを言うと優生学の信奉者のように思われて、ブーイングの嵐(それも非常にやっかいな)にさらされる危険があるように思います。ですから副社長が、その手の発言に対して脊髄反射して批判しようと待ちかまえる人たちをクールダウンさせるために穏当な発言をしただけかもしれないとは思えないんでしょうか? まあ、セレラー社の副社長さんももしかしたら本気で言っているのかもしれませんが。

そして、[大隅典子の仙台通信 : 「ジェンダー」は必要か?]は生物学で飯食っている人による文章で、蔦森樹さんの文章への直接的な批判じゃありませんが、どういった科学濫用がなされているかを考える上で非常にありがたい記事です。

あと、[Welcome to SHINSHOKAN:大航海バックナンバー]にて、大航海57号の特集記事のタイトルや著者が書かれています。長谷川眞理子さんも書いているので、バックナンバー注文してみました。あと荷宮和子さんの「男が罪を犯したのではない、男であることが罪なのだ」は、荷宮和子『なぜフェミニズムは没落したのか』と変わらない内容なんだろうなあなんて思ってみたり。

ジェンダーという概念は、それ自体は有用だと思います。ジェンダーの考え方を用いることで妥当な説明を与えられるものもあるわけで、大事に育てたらいいのにと思うんですが、こんなむりくりなことを言っていたら、馬鹿にされたり、うさんくさく見られてジェンダーって概念の価値が下がるだけだと思います*1

*1:ジェンダーそのものが悪いのではなくて、ジェンダーに群がる人、扱う人(ここでは蔦森樹さん)が悪いわけですが……。なかなかそういう見方ってできませんしね。こういうことを言っている僕自身、ある事柄とそれに群がる人とを混同しちゃうことはままありますし……。